[民事]に関する記事
隣地からはみだしてくる木の枝(弁護士須井康雄)
【隣地からはみだしてくる木の枝】
弁護士 須 井 康 雄
【質問】 隣の家の庭に生えている大きな木の枝が境界塀を越えて私の家の庭に入り込んできます。夏は、毛虫が発生し、秋は、落ち葉がたまり、こまっています。切ってほしいと訴えても、対応してくれません。どうしたらよいでしょうか。
【回答】 隣接地同士の関係を定めた民法が2023年4月1に改正されました。改正前は、境界を越えた根は切ってもよいが、枝は切ってはいけませんでした。このため、隣の人が勝手に枝を切ると損害賠償を請求されたりする危険があり、枝を切るよう求める裁判を起こす必要がありました。
民法が改正されたことで、次のケースでは、自分で木を切っても法律上許されることになりました。
1つ目のケースは、木の所有者に枝を切るよう求めたのに、相当な期間内に切ってくれない場合です。文書などで、十分な期限を設けて枝を切るよう求めたことを形に残しておくのがよいでしょう。
2つ目のケースは、木の所有者が誰か分からない場合、あるいは、所有者は分かるが、どこにいるか分からない場合です。
3つ目のケースは、急迫の事情がある場合です。台風で隣の木が倒れ、入り込んできた枝がこちら側の建物を壊しそうな場合などがこれにあたるといえます。
なお、自分で切っても法律上許されるのは、境界線を越えた部分に限ります。
枝を切る費用は、木の所有者の協力が得られない以上、いったん切る側が立て替えたうえで、事務管理費として、木の所有者に請求することが考えられます。
隣同士ですので、話し合いによる解決が望ましいですが、やむをえず同意を得ずに切る場合は、あとでトラブルにならないよう枝の状況を写真に残し、伐採の経緯を記録しておくのが万全です。
共有不動産の分割について(弁護士須井康雄)
【共有不動産の分割について】
弁護士 須 井 康 雄
【質問】 現在誰も住んでいない実家の不動産があり、兄弟4人の4分の1ずつの遺産分割は済んでいます。この不動産の固定資産税は私がずっと払ってきましたが、将来にわたって払い続けるのは負担です。他の兄弟に売却を提案するのですが、消極的です。どうしたらよいでしょうか。
【回答】他の兄弟の同意が得られなければ、共有不動産を売ることはできません。
しかし、共有財産の処分の方針がまとまらない場合、裁判所に共有物分割請求訴訟を起こすことができます。
この裁判の中でも話し合いがまとまらなければ、裁判所が共有者それぞれの主張や証拠に基づき、もっともよいと考える分割方法を判決で命じます。
判決の内容としては、(1)現物での分割を命じるもののほかに、(2)特定の共有者が共有財産を全部取得することとして、対価を他の共有者に払うことを命じるもの、(3)競売に付してその代金を共有者で分割することを命じる方法があります。
ご相談の場合、(1)実家の不動産の取得を希望する兄弟がいれば、その兄弟がすべて取得し、その兄弟から対価をもらう判決や、(2)だれも取得を希望する兄弟がいなければ、競売して得られた代金を分けるという判決を求めることが考えられます。ただ、競売にしても落札者がいそうにない場合は、とりあえずご自身が対価を払って共有不動産を単独で取得する判決を求め、時期を見て、ご自身のみの判断で売却するということも考えられます。
なお、固定資産税は、役所との関係では、共有者全員に連帯納税義務があり、自分の持分に応じた額だけ納付するということは困難ですが、自分の持分を超えて納付した税金分の支払を他の共有者に求める事ができます。
未成年の子による贈与(弁護士須井康雄)
【未成年の子による贈与】
弁護士 須 井 康 雄
【質問】
現在17歳の息子が、祖父からもらった高額のカメラを友達にただであげる約束を、親に無断でしたのですが、そのような約束をしたことをとても後悔しています。どうしたらよいでしょうか。
【回答】
カメラをただであげるという合意は、贈与契約という法律行為です。
まず、贈与契約は、書面によらず、かつ、履行が終わっていない場合は、いつでも解除できます(民法550条)。口頭での約束で、カメラを渡す前であれば、贈与契約を解除できます。
次に、書面でしたり、カメラを引渡済みの場合でも、未成年者取消という制度を利用できます。未婚の未成年者が法律行為をするには、法定代理人である親権者の同意が必要です。親権者の同意を得ずに行った法律行為は取り消すことができます(民法4条)。
本件では、親に無断で約束したということですから、親権者が息子の法定代理人として、贈与契約を取り消すことができます。父母が親権者の場合は、連名で取り消します。未成年者本人も取消の意思表示ができます。
2022年4月1日以降、18歳が成人年齢となります。成人に達したのちは、息子さん本人が取消の意思表示をします。
取り消しできる期間は、親権者が未成年者の法律行為を知った時から5年間です。
贈与契約を解除又は取り消せば、相手方にカメラを引き渡す義務を免れることができます。すでに相手方にカメラを渡していれば、カメラの返還を求めることができます。
【判例紹介】財産開示手続実施決定に対する執行抗告
財産開示手続の実施決定に対する執行抗告に関する最高裁判例(令和4年10月6日最高裁決定)を紹介します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・弁護士 井上直行
【令和3年(許)16号 財産開示手続実施決定に対する執行抗告審の取消決定に対する許可抗告事件 令和4年10月6日最高裁判所第一小法廷決定 民事執行法197条1項2号に該当する事由があるとしてされた財産開示手続の実施決定に対する執行抗告において請求債権の不存在又は消滅を執行抗告の理由とすることの許否 破棄差戻】
① 「財産開示手続」
財産開示手続は,権利実現の実効性を確保する見地から,債権者が債務者の財産に関する情報を取得するための手続であり,債務者(開示義務者)が財産開示期日に裁判所に出頭し,債務者の財産状況を陳述する手続となります。
民事執行法の改正で制度が強化されました(令和2年4月1日施行)。債務者不出頭等の場合の罰則が「過料」から「6か月以下の懲役または50万円以下の罰金」へ強化されました。債権者として申立てができる人の範囲が拡大し、公正証書で養育費を定めていた場合も財産開示手続が利用できるようになりました。そのため、財産開示手続の申立てが増加傾向にあります。
② 本件は、
AさんとBさんは、平成28年12月、公正証書により、Bさんが支払義務を負う両者の間の子の監護費用に関する合意をし、離婚しました。Aさんは、令和3年2月、公正証書について執行文の付与を受け、公正証書及び執行文の謄本がBさんに送達されました。(しかしながら、①強制執行の手続きで一部の弁済しか得られなかったか、②把握している債務者の財産に対する強制執行をしても一部の弁済しか得られない事情があったか、いずれか強制執行が実を結ばない理由がありました。) そこで、Aさんは、令和3年6月、公正証書に表示された子の監護費用に係る確定期限の定めのある金銭債権を請求債権として、財産開示手続の申立てをしました。
第1審裁判所は、令和3年7月、本件申立ては法197条1項2号に該当する事由があるとして、Bさんについて、財産開示手続の実施決定(原々決定)をしました。その後、Bさんは、原々決定に対し、東京高裁に執行抗告をした上で、Aさんに対し、請求債権のうち確定期限が到来しているものについて弁済をしました。東京高裁は、本件債権は弁済により消滅したとし、原々決定を取り消し、財産開示手続の申立てを却下しました。
③ 最高裁の決定
最高裁は、「法197条1項2号に該当する事由があるとしてされた財産開示手続の実施決定に対する執行抗告においては、請求債権の不存在又は消滅を執行抗告の理由とすることはできないと解するのが相当である。」と判示し、原決定を破棄し、東京高裁に差し戻しました。
東京高裁は、「後からでも未払いの養育費を払ったのなら、執行抗告でその事実を考慮して、もう財産開示手続をしなくてよい」という判断をしたのですが、最高裁は、「後から未払いの養育費を払ったからと言って、その事実を財産開示手続の執行抗告では考慮すべきではない。」と東京高裁の判断は誤りだと判じたのです。最高裁によれば、後から未払いを払ったのなら、その事実をもって、まず請求異議の訴え又は請求異議の訴えに係る執行停止の裁判をする必要があるということになります。
債務者が執るべき手続きの問題ですが、債権者にとっては財産開示手続の申立は、実際的な効果が高そうと言えそうです。
フリーランスに対するハラスメントを違法とする東京地裁判決
弁護士 清水亮宏
2022年5月25日、東京地方裁判所は、フリーランスに対するハラスメントを違法とする判決を出しました。
事案は、エステサロンを経営する会社との間で、ウェブサイトの記事執筆等を内容とする業務委託契約を結んだフリーライターの女性が、会社の代表者からセクシュアルハラスメント(打ち合わせ中に性体験を聞かれる、下半身を触られるなど)を受けたとして、会社と代表者に対して、慰謝料などの支払いを求めたというものです。東京地方裁判所は、会社とその代表者に、慰謝料150万円を認め計188万円の支払いを命じました。この判決では、代表者の言動が女性の性的自由を侵害すると指摘するとともに、会社にも安全配慮義務が認められると判断しました。
パワハラやセクハラをはじめとする「ハラスメント」は、会社と雇用契約を結んで働く「労働者」を対象としたものであると考えがちですが、労働者に限定されるわけではありません。近年も、スポーツ業界のハラスメントが度々問題となるなど、広くハラスメントの防止を求める声が高まっています。
フリーランスに関しては、日本俳優連合等が「フリーランス・芸能関係者へのハラスメント実態アンケート」を実施し、厚労省に提出した上で、フリーランスに対するハラスメントの防止を呼びかけるなど、社会的な動きも見られるところでした。
今回の東京地裁判決は、フリーランスに対するハラスメントも違法となり、加害者個人だけでなく、取引関係にある会社も賠償責任を負うことを明確にした点で非常に意義があるものです(会社側が控訴せず、判決が確定したとのことです。)。
取引先等からハラスメントを受けた場合、今回の判決を活用できるかもしれません。また、私たちがハラスメントの加害者にならないように注意することも大切ですね。
悩んでいる方がいらっしゃいましたら、ぜひ当事務所にご相談ください。
【債権法改正】消滅時効の規定が変わりました
弁護士 高橋早苗
2020年4月1日から改正された民法が適用されるようになりました。今回の改正された条文は多数ありますが、ここでは消滅時効について説明します。
消滅時効とは、権利を行使しないままでいると一定期間経過後にその権利が消滅してしまうという制度です。これまでは、原則的には権利を行使することができるとき(例えば個人の間でのお金の貸し借りなどの場合は返済期限)から10年とされていましたが、飲食代や宿泊代は1年、弁護士の報酬は2年、医師の診療報酬は3年など職業によって10年より短期の消滅時効が定められているものもありました。また、商行為によって生じた債権は「商事消滅時効」として5年とされていました。
今回の改正では、原則として一律に「権利を行使することができると知った時から5年」、「権利を行使することができる時から10年」とされました。
ただし、人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権(債務不履行によるものも不法行為によるものも)の時効期間は原則と異なり、損害および加害者を知った時から「5年」、権利を行使することができる時から「20年」の時効にかかるとされました。生命・身体への侵害はそれ以外に対する侵害よりも重大ですから、時効期間をこれまでの3年から5年へと長期化したのです。これに対し、不法行為によって生命・身体以外の損害を受けた場合(例えば自分の所有物を壊されたなど)の不法行為に基づく損害賠償請求権は、これまでと変わらず、損害及び加害者を知った時から3年、不法行為の時から20年の時効にかかります。
なお、労働基準法も改正され、2020年4月1日以降に支払日がくる労働者の賃金請求権の消滅時効は,従来の2年から3年に延長されました(労基法115条で5年とされましたが,同法143条2項で当分の間3年とされました。)。
また、今回の改正ではこれまで時効の「中断」と呼ばれていたものを「更新」、「停止」と呼ばれていたものを「完成猶予」と呼び用語をわかりやすくしました。時効の「更新」とは、更新事由があれば時効期間がリセットされ、また一から時効期間が始まるという制度です。これに対し、時効の「完成猶予」とは、時効期間が進行しているものの、猶予の事由が生じている間は、時効の進行が止まり時効が完成しないという制度です。猶予事由が終了すると、引き続き残りの時効期間が進行することになります。当事者間の協議による時効の完成猶予の制度も新設されました。
どのような事由が「更新」や「完成猶予」にあたるか、ご自身の請求権やご自身の抱える債務が時効にかかるかどうかなど、ぜひご相談ください。
司法書士は委任者以外の第三者に対して責任を負うか【判例紹介】
不動産登記申請の委任を受けた司法書士は、トラブルの際に委任者以外の第三者に対しても、責任を負うか、それはどの程度かに関し、最高裁の判例がありましたので、紹介します。
平成31年(受)6号 損害賠償請求事件 令和2年3月6日 最高裁判所第二小法廷判決 破棄差戻 東京高等裁判所
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/286/089286_hanrei.pdf
事案:東京都内の不動産について,その所有名義人であるAを売主、Bを買主とする売買契約(第1売買契約)、Bを売主、Xを買主とする売買契約(第2売買契約)及びXを売主、Dを買主とする売買契約(第3売買契約)が順次締結され、AからBへの所有権移転登記の申請(前件申請)及びBから中間省略登記の方法によるDへの所有権移転登記の申請(後件申請)が同時にされた。前件申請について地面師が絡んだ不正取引で申請の権限を有しない者による申請であることが判明した後、後件申請は取り下げられた。Xが、後件申請の委任を受けた司法書士であるYに、前件申請がその申請人となるべき者による申請であるか否かの調査をしなかった注意義務違反があると主張して、Yに対し不法行為による損害賠償を求めた事案です。不動産会社Xと司法書士Yとの間には、後件申請について委任契約がありませんから、司法書士は、委任者以外の第三者に対し、責任を負うか問題となりました。
原審は、「司法書士に求められる専門性及び使命にも鑑みると、連件申請により申請される登記のうち後の登記の委任を受けた司法書士は、前の登記の申請の却下事由その他申請のとおりの登記が実現しない相応の可能性を疑わせる事由が明らかになった場合には、前の登記の申請に関する事項も含めて更に調査を行い、登記申請の委任者のみでなく後の登記の実現に重大な利害を有する者に対し、上記事由についての調査結果の説明,当該登記に係る取引の代金決済の中止等の勧告、勧告に応じない場合の辞任の可能性の告知等をすべき注意義務を負っている。」として、第三者であるXに対する責任を認めました。
判示:最高裁は、「司法書士の義務は、委任契約によって定まるものであるから、委任者以外の第三者との関係で同様の判断をすることはできない。」として、委任者に対する責任と第三者に対する責任は異なると示しました。
そのうえで、「司法書士の職務の内容や職責等の公益性と不動産登記制度の目的及び機能に照らすと、登記申請の委任を受けた司法書士は、委任者以外の第三者が当該登記に係る権利の得喪又は移転について重要かつ客観的な利害を有し、このことが当該司法書士に認識可能な場合において、当該第三者が当該司法書士から一定の注意喚起等を受けられるという正当な期待を有しているときは、当該第三者に対しても、上記のような注意喚起を始めとする適切な措置をとるべき義務を負い、これを果たさなければ不法行為法上の責任を問われることがあるというべきである。」と第三者に対する責任がありうると判断ししました。
そして、「これらの義務の存否,あるいはその範囲及び程度を判断するに当たっても、上記に挙げた諸般の事情を考慮することになるが、特に、疑いの程度や、当該第三者の不動産取引に関する知識や経験の程度、当該第三者の利益を保護する他の資格者代理人あるいは不動産仲介業者等の関与の有無及び態様等をも十分に検討し、これら諸般の事情を総合考慮して,当該司法書士の役割の内容や関与の程度等に応じて判断するのが相当である。」と判断基準を示しました。
本件では、Yに第三者に対する司法書士の注意義務違反があるとした原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとして差し戻しました。
最高裁が、登記実務に関する職業的専門家である司法書士が委任者以外の第三者に対しても責任を負いうると認め、判断基準を示したことは大きな影響があります。司法書士以外の各分野の職業専門家についても、影響があります。
交通事故に関し労働者から使用者への求償を認めた事例【判例紹介】
業務中の交通事故による損害賠償に関し、被用者から使用者への求償を認めた事例(最高裁判例)がありましたので、紹介します。
平成30年(受)1429号 債務確認請求本訴・求償金請求反訴事件 令和2年2月28日最高裁判所第二小法廷 判決 破棄差戻 大阪高等裁判所
https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/270/089270_hanrei.pdf
事案:X被用者は、Y使用者(貨物運送を業とする資本金300億円以上の株式会社)の従業員で、業務中の交通事故により、Aを死亡させた。Aの相続人は長男と次男であった。次男は、Y使用者に対して損害賠償請求訴訟を提起し、訴訟上の和解が成立し、Y使用者は、次男に対して和解金1300万円を支払った。長男は、X被用者に対して損害賠償請求訴訟を提起し、控訴審で、1383万円余り及び遅延損害金の支払を認める判決があり確定した。X被用者は、長男のために1552万円余りを弁済供託した。X被用者が、長男に弁済(供託)した金額につき、Y使用者に対し、求償金を請求したのが本件です。なお、Y使用者は、その事業に使用する車両全てについて自動車保険契約を締結せず、賠償金を支払うことが必要となった場合に、その都度自己資金によっていた(「自家保険政策」という)。
原審は、「被用者は、第三者の被った損害を賠償したとしても、共同不法行為者間の求償として認められる場合等を除き、使用者に対して求償することはできない」と判断した。
判示:最高裁は、被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加えその損害を賠償した場合には、被用者は、損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について、使用者に対して求償することができる。」として、被用者から使用者に対する求償権を認めました。
「民法715条1項が規定する使用者責任は、使用者が被用者の活動によって利益を上げる関係にあることや、自己の事業範囲を拡張して第三者に損害を生じさせる危険を増大させていることに着目し、損害の公平な分担という見地から、その事業の執行について被用者が第三者に加えた損害を使用者に負担させることとしたものである(最高裁昭和30年(オ)第199号同32年4月30日第三小法廷判決・民集11巻4号646頁、最高裁昭和60年(オ)第1145号同63年7月1日第二小法廷判決・民集42巻6号451頁参照)。このような使用者責任の趣旨からすれば、使用者は、その事業の執行により損害を被った第三者に対する関係において損害賠償義務を負うのみならず、被用者との関係においても、損害の全部又は一部について負担すべき場合があると解すべきである。
また、使用者が第三者に対して使用者責任に基づく損害賠償義務を履行した場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防又は損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対して求償することができると解すべきところ(最高裁昭和49年(オ)第1073号同51年7月8日第一小法廷判決・民集30巻7号689頁)、上記の場合と被用者が第三者の被った損害を賠償した場合とで、使用者の損害の負担について異なる結果となることは相当でない。
以上によれば、被用者が使用者の事業の執行について第三者に損害を加え、その損害を賠償した場合には、被用者は、上記諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から相当と認められる額について、使用者に対して求償することができるものと解すべきである。」
原審のように、使用者が先に損害賠償したときは被用者に対し求償できるのに、被用者が先に損害賠償したときは使用者に求償できないという解釈は、損害の公平な分担という見地から見ると、おかしいです。被用者からも求償できるというのは損害の公平な分担からいうと当然の解釈というべきです。
遊具に挟まれた死亡事故で保育園の責任を認めた事例【判例紹介】
保育園で、3歳児が遊具(うんてい)に首を挟まれ死亡した事故について、設置運営法人の賠償責任を認めた事例(下級審の裁判例)を紹介します。
平成29年(ワ)482 号 損害賠償請求事件 令和2年1月28日 高松地方裁判所判決
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/235/089235_hanrei.pdf
事案:社会福祉法人が設置運営する保育園で、3歳児が、遊具(うんてい)の上向きV字型開口部に頚部が挟まれる事故に遭って死亡したことにつき、園児の両親が、園長、担任保育士、社会福祉法人に対して、損害賠償を請求した事案です。
判示:事故の原因について、「雲梯の西側には、梯子の横木と頬杖により形成された開口角度44.38度の上向きのV字型開口部があり,本件事故は同開口部で発生した。」「国土交通省は、都市公園における遊具の安全確保に関する指針を策定しているところ、同指針及びその解説では、遊具の構造,施工,維持管理の不備などが物的ハザードとして位置付けられ、遊具に関連する事故として挟み込みが挙げられ、その対策として、頭部、指、身体などを挟み込むような開口部、隙間をなくすことやV字開口部が55度ないし60度未満で上向きとならないようにすることなどが参考として挙げられている」「雲梯は、幼児の身体が挟み込まれる危険性を有する遊具である」と判示した。
責任について、園長には、「就任から事故発生までという12日という短い期間内に、雲梯を注意深く観察し、上向きのV字型開口部に園児の身体が挟み込まれることを予見するのは著しく困難であった」と責任を否定し、担任保育士にも、「雲梯は、客観的には幼児の身体が挟み込まれる危険性を有する遊具ではあるものの、これを担任保育士のような個々の保育士においてまで認識することは著しく困難である」として責任を否定した。
社会福祉法人については、「法人ないし以前の園長は、雲梯に上向きのV字型開口部が生じて以降、雲梯が、園児の身体が挟み込まれる危険性を有するものであることを認識し得たといえ、また、認識すべきであった。そうであるにもかかわらず、雲梯の上向きのV字型開口部を解消することなく本件事故まで放置した点につき、社会福祉法人には組織体として過失がある」として、責任を認めた。
安全基準に違反した遊具(うんてい)を、設置して、幼児の利用に供していた以上、社会福祉法人の損害賠償責任が認められるのは当然です。
現場の責任者というべき園長について、「雲梯の形状からすれば、指針や規準を熟知しない者であっても、より注意深く観察すれば、上部の横木と梯子の横板に幼児の身体が入りうることや頬杖と梯子の横板の間に幼児の頭部が挟み込まれることを予見することは不可能とまではいえず、幼児においては、遊具の正しい用法に従わない遊び方をすることもままあること、体力や知力が発達段階にあり、危機回避能力が未熟であることにも照らすと、園長において、より注意深く観察していれば、雲梯の上向きのV字型開口部に園児の身体が挟み込まれることを予見することは可能であった」として、「遊具の危険性についてより注意深く観察すべき立場」を求めたのは参考になるでしょう。
介護施設内における転倒事故【判例紹介】
介護施設内における転倒事故について、下級審の裁判例を紹介します。
さいたま地裁平成30年6月27日判決(判例時報2419号56頁)です
事例は、要介護状態にあった男性(64歳)が、短期入所生活介護サービスで入所中、個室の洗面所で、付添なしでひとりで、口腔ケア(うがい)をしていた最中に転倒し、大腿骨頸部を骨折し、その半年後に誤嚥性肺炎で死亡した。男性の遺族が介護事業所に対し、安全配慮義務違反を理由に損害賠償請求した事件です。
さいたま地裁判決は、介護事業所の職員が口腔ケア(うがい)に付き添うなどしなかったことが安全配慮義務違反に該当するとし、転倒について責任を認めました。
「男性は、従前から1人で口腔ケア(うがい)を行っており、具体的には、洗面所の壁に左肩をもたれかけるようにしてうがいをしており、被告の職員は、男性が上記のようにうがいをするのを見ていた。ところが、そうすると男性は、壁に左肩をもたれかけて体を支えつつ、蛇口に左手を伸ばして水を汲み、口をゆすぎ、洗面台に水を吐き出すなどの動作をすることになるから、当時の男性の身体能力や洗面所内に支えになる手すりや家具がないことも踏まえれば、被告の職員は、男性がバランスを崩すなどして転倒することを、十分具体的に予見しえたと言うべきである」「したがって、男性の転倒を防ぐ義務を負う被告としては、本件事故の当時、男性の口腔ケア(うがい)に付き添うか洗面所内に椅子を設置するなど、転倒を防止するための措置を講ずる義務を負っていたと認められる。それにもかかわらず、被告は、転倒を防止する措置を何ら講じず、その結果本件事故が発生したのであるから、被告は、本件事故の発生について、債務不履行(安全配慮義務)に基づく損害賠償義務を負うものと認められる」
ただし、誤嚥性肺炎の要因となった認知機能の悪化について、転倒事故と因果関係があることを認めがたいとして、死亡による損害についての賠償までは認めませんでした。
介護施設での転倒事故は少なくないが、下級審裁判所の判決で、細かく認定された事例はそう多くないので、施設での個々の利用者の状況に応じた安全対策について参考になります。